2006年3月、富山県射水市民病院で医師が末期患者の人工呼吸器を取り外し、患者を死亡させたとして話題になっている。これは、死に際し 「延命処置」と「尊厳死」のどちらを選択すべきかという問題を提起している。
私は1993年、下記のような論文を発表し、漢方医学に基づく「尊厳死」の必要性を述べた。その考えは今も全く変わっていないし、ますます 重要性を増していると考え、ホームページに掲載する。(この文章は、1992年の第41回日本東洋医学学術総会[会頭・鍋谷欽市先生]に発表 した内容を、文章にして「老化と疾患」誌に投稿し、掲載されたものである。投稿原稿の症例は5症例であるが、今回はそのうちの3症例を抜粋し た。また、掲載原稿を加筆訂正し読みやすくした。)
2006年4月 もり内科クリニック院長 盛克己
<はじめに><はじめに>
慢性疲労症候群は、日常生活が著しく損なわれるような強い疲労を主症状とし、少なくとも6ヶ月以上持続 ないし再発を繰り返す、原因不明かつ難治性の疾患です。発症すると長期にわたり、日常生活に重度の支障をきたします。症状が悪化すると、社会 生活・学業などを放棄せざるを得ない症例も少なくありません。身体の外見は特に変化が見られないため、「無気力」「怠け病」などと言われ、一 層心身ともに障害を受ける患者さんが少なくありません。原因不明なこともあり、西洋医学では有効な治療方がほとんどなく、漢方治療を求める患 者さんは少なくありません。しかし、漢方薬による治療でも、治療に難渋する症例が少なくありませんでした。今回我々は厚生省慢性疲労症候群診 断基準により、慢性疲労症候群と診断した9症例 に対し漢方治療を行ない、漢方薬の有効性を確認したので、報告いたします。
<対象>
2004年4月から2007年3月までの間に漢方治療を希望した患者のうち、慢性疲労症候群と診断した 9症例です。
効果判定は1)著明改善。2)中等度改善。3)軽度改善。などを[表1]によるPSの変化で評価しました。
<結果>
症例と治療効果は[表2]に示します。PSは4〜9(平均6,7)と、症状は中等度以上の重症症例で す。発表時は著明改善8例、中等度改善1例でしたが、その後すべて著明改善となり、有効率は100%で、副作用はありませんでした。また、慢 性疲労症候群の患者さんに対する治療の目的の一つは、社会復帰・学業復帰であり、全員が目的を達成しています。しかし、残念なことに1例が家 庭の事情などで精神症状が悪化し、精神病院に入院しました。
慢性疲労症候群に使用された有効漢方処方は、患者さん個々人によって異なります。慢性疲労症候群にはこの処方といった、固定された漢方薬はあ りません。使用された漢方処方は、真武湯、桂枝人参湯、小建中湯、四物湯、半夏厚朴湯、五苓散、茯苓四逆湯などであり、その時々の症状に応じ てそれらを組み合わせて処方しました。またさらに有効性を高めるため、生薬末やエキス剤を追加します。生薬末では牡蛎末が最も多く、当帰末、 桂皮末、茯苓末などを症状に合わせて使用します。エキス剤は、加工附子末、ヨクイニン末、桔梗石膏などを使用します。
症例を見てみましょう。
症例は30歳の女性、身長158cm、体重54kgです。
初診時、「6年ぐらい前から、原因不明の身体の苦しさで苦しんでいます。心も苦しくて限界を超えている。一分一秒、地獄の日々。自殺も毎日考 えてしまう。いろいろな医療機関を受診。検査しても、何の異常もない。治療したけど効果もない。どんどん悪化し半年前から朝起きると上半身激 痛、身体が重くてだるくて、男の人を3人ぐらい背負っている感じ。最近筋力低下、手足関節痛で洗濯も休み休み這ってやっている。精神混乱で しゃべる力もなくなる。不眠、吐き気、頭痛、ひどいめまい。本当に生きる希望がなくなってきた。死にたい。けど悔しい」という手紙を持参し て、04年8月25日に来院しました。PS9で、典型的な慢性疲労症候群です。漢方的診断により、小建中湯(ツムラエキス)を中心に症状に合 わせ、さまざまな漢方薬を組み合わせて治療しました。一か月後、PS6程度に改善。二カ月後PS5になり、四ヶ月後の12月下旬にはPS3に 改善し短時間のバイトが可能になりました。05年3月にはPS2に改善し、以後は月1〜2回の来院で、05年10月PS1となり就職しまし た。約一年半後の06年3月、結婚するとともに治療も終了しました。09年3月現在、慢性疲労症候群の再燃もなく楽しく暮らしています。
漢方医 学による慢性疲労症候群の治療について
今回は、04年から07年までの3年間に、慢性疲労症候群の患者さんに対して漢方治療を行い、副作用もなく、良好な治療効果を上げたことを報 告しました。以後現在までさらに多くの慢性疲労症候群の患者さんが来院し、ほぼ全員社会復帰させています。
慢性疲労症候群という難治性の疾患で、治療に難渋している患者さんでも、自分に合った漢方薬に巡り合えれば、きっと人生を取り戻せると思いま す。是非とも、漢方医学に基づく漢方治療を経験し、夢と希望の未来を切り開いていただければ幸いです。
(本論文は、2008年『漢方の臨床』6月号に発表した論文の要旨であります。)