漢方治療と尊厳死~真武湯服用者の例に見る尊厳死~Vol,No2,1993 老化と疾患
DEATH WITH DIGNITY
2006年3月、富山県射水市民病院で医師が末期患者の人工呼吸器を取り外し、患者を死亡させたとして話題になっている。これは、死に際し
「延命処置」と「尊厳死」のどちらを選択すべきかという問題を提起している。
私は1993年、下記のような論文を発表し、漢方医学に基づく「尊厳死」の必要性を述べた。その考えは今も全く変わっていないし、ますます
重要性を増していると考え、ホームページに掲載する。(この文章は、1992年の第41回日本東洋医学学術総会[会頭・鍋谷欽市先生]に発表
した内容を、文章にして「老化と疾患」誌に投稿し、掲載されたものである。投稿原稿の症例は5症例であるが、今回はそのうちの3症例を抜粋し
た。また、掲載原稿を加筆訂正し読みやすくした。)
2006年4月 もり内科クリニック院長 盛克己
はじめに
急速な高齢化社会を迎えて、最近では「尊厳死」ということが盛んに話題になり、「尊厳死協会」まで出現している。現代医学の発展とともに延命
治療が進み、時には医学的に見ても無意味と思われるような状態の人にも、延命治療を施すというようなことに対し、そのようなことを拒否する
人々が尊厳死を強く訴えることになってきている。
人間は一度この世に生を受けた以上、いずれはあの世へと旅立たなければならない運命にある。その最後の時をどのように過ごすのかということで
あるが、現在はあまりにも医療機関に依存しているのではないかとの考えや、あるいは最後のときぐらい自分の意思で迎えたいなど、さまざまなこ
とが「尊厳死」につながっていると思われる。
いずれにしても、ほとんどの人々は死の直前まで元気に過ごせて、できるだけ他人の世話にならずに、あの世へと旅立って行きたいと考えているも
のと思う。
一方、近年は漢方エキス製剤の普及に伴い、それを常用している人も増加している。著者はその中で真武湯を常用していた人々の「死」に出会い、
その死亡した状況から漢方薬と尊厳死の関連について考えてみた。
症例1
患者:1901年生、女性
1986年より寝たきりとなる。1986年9月初診。腎盂炎にて入院。入院後、腎盂炎に対しては抗菌剤を投与し治癒した。食欲不振、倦怠感
などの症状に対し真武湯を投与した。その後は順調に回復し、食欲も正常となり、元気を取り戻した。寝たきりから開放され、車椅子での移動も可
能になった。退院後も真武湯を服用し、食欲も進み元気に過ごしていたが、1989年6月に急に老衰が進み7月に88歳で死亡した。(真武湯服
用で約3年間、元気に過ごすことができた)
症例2 患者:1911年生、男性
1985年より心臓病にて、近医で治療中のところ、1989年3月ひどい心不全で
入院してきた。強心剤、利尿剤などで心不全は改善した。しかし、食欲不振、顔色不良、めまいなどの症状がひどいので、4月より真武湯を投与し
たところ、日に日に元気を取り戻し、6月には退院となった。以後真武湯を飲んで自宅で元気に過ごしていたが、1990年3月、突然死亡した。
真武湯は死亡前日まで服用していた。(享年89歳。近医で治療中は家にこもって、元気なく過ごしていた。真武湯服用で、約1年ではあったが残
りの人生を元気に過ごすことができた)
症例3 患者:1917年生、女性(症例2の妻)
1980年ごろより、狭心症・高血圧などで近医にて治療を受けていた。夫が漢方薬を 服用して元気を取り戻したので、本人も漢方薬による治療を希望して1989年4月来院。診察の結果真武湯を投与することにした。今まで服用し ていた西洋薬はそのまま継続とした。真武湯を服用するようになり、疲労もあまり感じなくなり、顔色もよくなった。夫の看病も疲れることなく全 うできた。1990年3月、夫の死後過労で倒れ、約3ヶ月入院し、すっかり元気を取り戻した。退院後は、今までできなかった野良仕事などもで きるようになった。しかし、10月に突然野良着のまま、井戸端で死亡した。真武湯はその日まで服用していた。(享年83歳。近医で治療中は、 夫と二人で家に閉じこもって過ごしていたが、真武湯服用で短期間ではあったが、死ぬその日まで野良仕事に精を出せる状態で暮らすことができ た)
結果と考案
図1は、漢方医学の考えに基づいた病気の進行を表したものである。図2は、図1を参考に、人間の誕生から死に至る流れを考えたものである。
今回投与した真武湯は、図1の少陰病に位置する代表的薬剤である。図2を見ると少陰病は老人期に相当している。古来より真武湯は、老年者の病
気に好んで使用されてきたのも当然であろう。また真武湯常用者は安らかな死を迎えることが多いといわれてきたのも納得できる。残り少ない人生
の老年期を元気に過ごし、自分の生命を精一杯使い果たした時には、あまり苦しむことなくあの世に旅立つことができるのではなかろうか。今回提
示した真武湯服用者の死を見ると、真武湯は残された生命力を燃焼し尽くす力を持った治療薬のように感じられる。
高齢化社会を迎えた現在、「尊厳死」を希望し、「くだ(管)人間」を拒否する立場から、漢方医学に基づく漢方治療を考えることは大切なことで
ある。
(今回は真武湯の症例を紹介したが、自分にあった漢方薬は全て、同じような薬効を持っている)